満ちている「気」について

3年ほど前に、てらこや新都心に満ちている(と言われる)「気」についてブログに書いたことがあります。

その「気」は、私たちが目指すものだったり、利用してくださる方が寄せられたコメントだったりします。

ところが最近、運営している私たちも、ふとその「気」を感じることが多くなりました。

それは、どうやら3年目となるコロナ禍の中で、てらこやを運営していく上での制限、自主規制からくるストレスを解放するために開催した「てらこや縁日」の頃から始まり、人数を制限しながら始めた親子での会食「てらこや食堂(ハロウィーンイベント)」、そして、開催方法を吟味しながら復活を果たした「てらこや収穫祭」と、だんだん強くなってきているようです。

それは、何か温かい、心がホッとして、落ち着くような気持ちです。

てらこやで過ごす子どもたちや、大人たちを迎え入れ、慌ただしく対応に追われる毎日ですが、人の流れがひと段落して事務室にちょっと腰を下ろす時に、そんな「気」を感じます。

これが「居場所」であることを実感するということでしょうか?

そして、そんな時間にふと思ったことは、その「気」は、流れているものではなくて、運営する私たちが「発散しているものではないか?」ということです。

てらこやの運営方針に賛同し、共感し、運営のサポートをしてくれる、そんな人たちの暖かい心のつながりから発散されているものかもしれません。

「おはようございま〜す」、「こんにちは〜」、「あみさぁ〜ん」・・・・
子どもたちは、さまざまな元気な言葉と共に、てらこやに戻ってきます。
そのそれぞれの言葉に「おかえり〜」と答える毎日と、それに続く子どもたちに追いまくられる時間、そしてその合間に訪れる仲間とのホット一息のひととき・・・・

そんな時に感じる「気」は、私たちをも癒してくれます。

そのことが、また新しい「気」を生み出しているのかもしれません。

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